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FUNKISTのつくりかた

染谷西郷 特別企画ブログ
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FUNKISTが出来るまでパート2
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    〜あらすじ〜
    病気から復活し健康な肉体(64kg)と寿命をもらった染谷青年は一路南アフリカへ!!どうなる染谷!ゆけ僕らの染レンジャー!!

    『VOL.2 孤独』

    南アフリカに行こうと思った理由はけしてポジティブな物ではありませんでした。
    高校卒業してすぐに家を出て働き出して自立した僕でしたが、結果病気になり親の元に戻され、心のどこかで

    「一人で生きていけない」

    という現実を受け止めきれず苦しんでいました。

    社会に負けた

    とも感じていました。そんな時親が

    「南アフリカ行ってみる?」

    と持ち掛けてくれて、二つ返事で行く事を決めました。

    その時はとにかく自分が立ち向かえ無くて惨敗した日本の社会からとにかく逃げたかった。

    というのが本音。

    なので目的も目標も何も無く僕は日本を後にしました

    そこで待っていた物は沢山の感動的な毎日とそれに反比例して日増しに深くなる「孤独」


    南アフリカではおじいちゃんとおばあちゃんの家に住んでいたんだけど、なんとも衝撃的な事実。

    僕は英語が一切喋れなかったのだぁ〜!!(どどーん)

    どのくらい喋れないかと言うとそれはもう、英検5級に落ちた事があるくらい喋れない(実話)


    僕はそのコンプレックスもあって南アフリカでもほとんどの時間を一人ですごしていました。

    海沿いの町マーゲイドはのんびりとした田舎町で海以外には特になんにもない。ボディーボードを持って海に行き、潮が引いたら家に帰る。部屋で歌い、また潮が満ちた頃海に行く。そんな毎日を繰り返していました。

    それでも僕にとってマーゲイドの町は超刺激的で、ある日は庭に野性の猿が群れでやってきて親猿のお腹に赤ちゃん猿が必死にしがみついている姿に感動したり、ある日は丘の上にある家から海を見下ろすと夕日が一面海をオレンジに染めていて、そこをイルカの群れが楽しそうに跳ねるのが見えました。

    またある日は僕の愛車(叔父さんに借りた)フォルクスワーゲンビートル(36才)に乗って地平線目指しドライブしたり、ある日は高速道路でタイヤが取れて死にかけました(ドキドキ)


    そんな胸いっぱいの思いを誰かに話したい!!一緒に笑いたい!!

    そう思えば思うほど一人部屋で孤独を強く感じていきました。

    あぁあいつが一緒にいたらどんなに楽しいだろう。

    あああの人が一緒にいてくれたらどんなに感動出来ただろう。

    そんな事を考えながら僕が日本に捨てて来たものの大切さに、掛け替えの無さに気付いては、今まで「大切」にしてこなかった友達を恋人を家族を毎日想いました。

    そうか。日常にある幸せは、分かち合ってこその幸せだったのか。と今更になって気付いては一人部屋で歌を歌いました。

    そんなある日僕を劇的に変えた衝撃的な出来事がおこります。

    『バナナトレイン』です。

    南アフリカに来てまで半ひきこもり状態の僕を心配しておばあちゃんがショートツアーに申し込んでくれていたのです。

    英語がわからない僕は意味もわからず電車に乗せられ一人で出発進行〜!!
    笑顔で手をふり見送るおばあちゃん。

    はたして僕はどこに行き、そしていつ帰って来れるのだろうか?心臓は早まるばかりです。ワキ汗びしゃーです。

    ば、バイバイ

    当時おばあちゃんはこのツアーはバナナ畑を2時間走るだけののんびりした電車ツアーだと思ってたみたいです。

    が僕は今生の別れかも?と思いバイバイ

    前半1時間はバナナ畑をのんびりと走るだけ。僕からするとすごい早さで家から遠く離れていく電車が半端ないスリル感でした。

    しかし一時間が過ぎた頃山あいの小さな村が見えてきました。黒人の人達の村でした。

    と突然車内でお菓子の販売がはじまりました。

    と、その時線路沿いに一人の少年が手を差し出してるのが見えた、瞬間電車からいっせいにみんながお菓子を投げ始めたのです。

    なにが起きてるのか全然わかりませんでした。

    次第に町に近づくほどに線路沿いの子供達は増えて行き、その度に電車からお菓子が投げられる。
    その時になにが起こっているかを理解しました。

    貧しい村の子供に裕福な白人達がお菓子を与えていたのです。


    本当にこれが南アフリカなのか?俺の国なのか?

    動揺しました。

    だって考えてみて。日本の田舎で電車に乗ったらいきなりボロボロの服を着た子供達が線路沿いに並んでお腹を空かせてたらどうする?

    初めて俺の国ヤバイ

    って思いました。

    成す術も無く電車の外の流れる現実を眺める僕と一人の少女の目があいました。ボロボロの赤い服を着た裸足の10才くらいの少女でした。背中には赤ちゃんを背負ってました。

    その子はうなだれる僕を見つけると


    「ニコッ」


    と微笑み手を降りました

    その瞬間心の中で抑えてた感情が溢れ出してとめどなく涙が流れました。
    ゴメンね。ゴメンね。って何回も思いました。
    僕も飴を鞄に持っていましたが投げれませんでした。それを投げる事が本当にいい事なのかわからなかったのです。

    家に帰ると僕はもう我慢できなくなり、初めて自分から今日あった出来事をみぶり手ぶりおばあちゃんに全部話しました。
    おばあちゃんは真剣に聞いてくれて、全てを理解するとため息を深くつき、ゆっくりと僕に南アフリカの歴史を話してくれました。

    知らなかった事ばかりでした。それからという物おばあちゃんやギャリーおじさんと毎日ディスカッションしました。次第に英語にも慣れて行きます。

    いよいよ南アフリカから帰る日、僕は次の目標を見つけてました。

    この南アフリカを変えたい!!

    そう強く思った時、世界をもっと知る必要があると思ったのです。南アフリカを変えるヒントを探す為にヨーロッパを旅する事を決めたのでした。

    絶望と希望を胸に日本に戻る事を決意した染谷青年!!

    しかし日本で待っていたものは厳しい現実と、そして運命の出会いだったのです



    ―続く―

    『バナナトレイン』

    不平等な場所はどこだ?ここか?そこか?
    とこだって変わんねえよ 俺ら一つ一つの命だ。差なんてねえよ。あん時だってそうだろう 「触んじゃねえよ」なんて近寄るものみんな遠ざけてた俺に 君がくれた物はただ一つの笑顔 。世界を 変えよう あん時本気でそう思ったんだ。

    俺は汽車の中 君はゲットーの村の中 立ち上る煙 小さな弟を抱いた君

    破けた洋服に裸足の意味 君だって幼かったのに。涙溢れ出す俺に笑顔をくれた君

    二人の心の距離を天秤ではかったらあん時平等で 案外バランスがとれてたんじゃないか?なんて笑って話せる日はくるのかな?

    汽車の壁が隔てた一枚が越えられなくて、もしも俺の肌がもっと黒かったら 君を強く抱き締め 君をもっと強く愛せたのかな?

    答えなんかないのにまた夜が来る。うるさいくらい星が綺麗な夜が来る

    意味なんていらないって 心のままに叫び出せすぐに 溢れた感情に乗せたこの言葉に 嘘はつかない 届け声からせ


    君が見たこの空を僕が赤く染めてしまったんだ

    君が見た僕は悪魔なのに なぜ君は微笑みをくれるの

    僕に向けられた「不平等」の銃がいつも僕を打ち抜くけど

    ごめんね 変わらないよ

    ごめんね 変えられないよ

    今日も君を想ってるのに
    | FUNKISTが出来るまで | 10:08 | comments(4) | - | - | - |
    またお会い出来る日をみんな楽しみにしております。
    ブログも見て下さい、ためにならない情報かいっぱいです(笑)
    | red sole shoes | 2013/08/09 7:47 PM |

    素晴らしい生き方ですね!初めて西郷さんに出会った時、なんて情熱的な方なんだろう〜って思いました。そして初めて惹かれた曲が『光』次に『バナナトレイン』でした。なんて美しいメロディーなんだろう〜♪気が付けば私は『FUNKIST』の虜になっていました☆☆会えない日々が辛いです(>.<)…また次のライブに行けるまでの間、変わらぬ日常、そして日々、自己との戦いで一杯×2です。もっと他に、目を向けなければいけない場所が沢山あるのに…。音楽を通して人を幸せに出来るって素晴らしい事だと思います♪沢山の思いや経験が歌になって、メロディとなって人々の心を魅了するんですね(^-^)そしてその音楽が私の心にもゆとりを持たし、争いもなく、穏やかな時間が流れてくれます。西郷さんのストレートな気持ち、生き方が最高にいい〜(>.<)って思います。目を背けず、楽しい事だけでなく、辛い現実も受け止めなければ…。そして、歴史をもっと勉強したいと思いました。 人の心を動かせる生き方って凄いと思います! 変わらない毎日 …。でも学ぶ事は沢山。。私も変われたらいいなぁ〜☆★彡生きている間に、一度は遠い宇宙から、青くて美しい地球を見てみたい。そして『地球は青かった』って言ってみた〜い(^o^)/
    | ニモ | 2008/03/08 3:59 AM |

    染谷さんが南アフリカのことを伝えるのには、こんなにも強い想いがあったんですねぇ。親が南アフリカの人だからっとか、すごくすごく単純に考えていた自分が恥ずかしく思います。
    染谷さんが感じたこと・目にしたもの。あたしの自分の心で感じて自分の目で見たいって思いました!!染谷さんの目で世界を見てみたいな。
    | 佳那 | 2008/02/27 1:47 AM |

    私も小さい頃
    川崎病っていう病気にかかって、入院してました。

    見た目ゎ
    ほとんど健康だけど、治療法が分からなくて、ずっと毎日治るか分からない薬と、
    痛い注射ばかりの生活してました(T_T)

    私を見る親とか友達や周りの人の目が、みんな「可哀想」って哀れんでて、腫れ物を触るみたいに優しかったのが逆に辛くて、

    その頃の私は
    「何で生まれて来ちゃったんだろう?」「このままここで死ぬんかなぁ?」って思ってました。

    いつも病院の窓から、同じ景色ばっかり見てて、
    夜になるとホームシックになって子供達が「おとうさん、おかあさん、お家に帰りたい…」って一斉に泣き叫ぶんだよ(;´∩`)

    胸が張り裂けそうで、自分の親指から血が出るまで噛んで、涙を堪えてた
    私はひたすら願った
    (音の無い世界だったらいいのに…)ってどんなに耳を塞いで、目を背けても見たくない光景や聞きたくない音が耳や頭から離れない(:△;)

    それならいっそ消えてしまいたいって現実から逃げてた。

    でもある看護婦さんが私を新生児室って言う、生まれたばかりの赤ちゃんが沢山いる所に連れてってくれました。

    そこで初めて私は大泣きした。
    だってこんなにちっちゃい命が生きる事に、一生懸命頑張ってるのに、私が生きる事投げ出したらダメじゃんって思って、
    (生きよう…生きたい…絶対生きてみせる!!)って思った。

    その気持ちが届いたのかなぁ?
    私は奇跡的に退院して今を生きています。
    そしてFUNKISTに出会ってその時の気持ちを思い出しました。

    ありがとぅ(o>ω<o)♪♪♪
    これからも応援してます

    つか文章長くてすいません
    (;^∀^A
    | Na7tsu2mi3 | 2008/02/21 6:50 PM |