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FUNKISTのつくりかた

染谷西郷 特別企画ブログ
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FUNKISTが出来てからパート7
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    あらすじ

    渋谷AXまでに書き終えるつもりだったこのブログも完全にAXをまたぎそうな勢い!!

    その勢いたるや、荒れ狂う雄牛のような勢いであった

    さぁ今こそ闘牛場へ!!
    トレロカモミロとても寝坊助!!戦いよりも昼寝が好き!!
    らんらららんらららんらららっらっら

    オレーオレーオレオレオレ!!!!なにが?

    《vol.7 リスタート》


    「俺バンド辞めます」

    ヨシロウの声が静かすぎるスタジオに響いていました

    ヨシロウの気持ちは頑なで理由を聞いても、いくら説得しても、もう彼の心が動かない事はわかっていました

    それでも僕は3日間に渡ってヨシロウを説得し続けましたが

    「すいません。もう無理です」

    の言葉を最後に翌日からヨシロウは姿を見せなくなりました

    理由なんかもうわかっていました。

    《いてもいなくてもいいギターリスト》

    とメジャーメーカーに位置づけられていたヨシロウは、バンドの中に自分の居場所を見いだせなくなってしまったのです

    そこにヨシロウを追い込んでしまったのは他でもない


    僕と宮田でした。


    そしてヨシロウが去り、翌日のスタジオに現れたのは


    宮田












    そして














    JOTARO



    JOTAROキタァーΣ( ̄□ ̄)!


    そうなんです。

    あまりに突然過ぎたヨシロウ脱退劇に、JOTAROは「やめます」と言い出すタイミングを失ってしまい、言い出せないまま結局バンドを続ける事になったのでした。


    実際「あの日」JOTAROが辞めようと思っていた事を聞いたのは、数年たった後の事でした。



    3人になり、デビューの可能性を失ってしまったFUNKISTで僕と宮田は毎日話し合いをしました


    「結局俺達はなにを追いかけてたんだ?」

    「メジャーデビューするために音を奏でてたのか?」

    「一番大切なのは俺らが俺らのままで音を奏でる事だったんじゃないか?」












    俺らは…間違ってたよ




    2人がそれを実感した時には、FUNKISTはもう半分壊れてしまっていて


    僕らは気づくために失った物の代償の大きさに打ちひしがれていました


    それでも「解散」の2文字だけは全く浮かんできませんでした


    FUNKISTは続くものだと信じていたのです。疑いは一切ありませんでした


    そんな中で、ライブの日は相変わらず迫ってくる。


    「ドラム…また探さなきゃね」


    今までは友達にお願いしたり、張り紙を張ったりしてドラマーを見つけてきました

    しかし今回は僕らには決意がありました

    「僕らの音を奏でる為の一生の仲間」

    を探そう

    もう誰になにを言われても、絶対にぶれないで

    「これがFUNKISTですから」

    って胸をはって言い切れるバンドを作ろう

    と決めていました

    その中で

    「今思い当たるドラマーの中で、一生一緒にバンドをやっていきたい!!って思えるドラマーをリストアップしよう」


    と3人で話し合い、ノートを広げました

    一人目の名前があがり、二人目の名前を書こうとしたまま、時間が流れていきました…


    そう、3人ともが同じドラマーを思っていて

    そのドラマー以外の名前は浮かばなかったのです

    最高の仲間であり最高のライバル

    毎月一緒にイベント「DAY スリーパー」を主催していたバンド

    フレジリングスのドラム


    住職でした。


    住職のドラムで出来ればFUNKISTは絶対に変わる!!


    と同時に

    「引き抜き」ともとれるこの行動に僕らは頭を悩ませていました。

    フレジリングスは本当に大切な仲間だったし、お互い高めあい刺激しあい、ここまでこれた仲間。

    そんな大切なバンドに迷惑なんかかけちゃっていいのか?

    いや、だめだろう…

    でも住職のドラムでやってみたい


    ぐるぐる無限回廊を回る頭

    そんな中、宮田が意を決してバカみたいな顔で言いました

    「もうさぁ、ぐちゃぐちゃ考えててもしょうがないよ!!住職に直接聞きに行っちゃおう!!」





    ……


    「うんうん。俺らバカだから考えててもしょうがないな」

    「そうだそうだ!!バカだから考えてもしかないから聞きに行っちゃおう」


    バカおそるべし

    です


    そんなわけで住職氏が個人練習してるスタジオを調べ上げた僕たちは、バカゆえに

    待ち伏せ

    する事にしたのです


    プチストーカー行為です


    スタジオから出てくる住職に後ろから

    「ちょっと話しあるんだけど…」


    うわぁーΣ( ̄□ ̄)!びっりしたぁ!!!!!!

    と住職氏。

    そして唐突に素直な気持ちを全部住職に話しました。

    すると住職は

    「うん。いいよ。」


    「えっ?」

    「だからいいよって」

    「…何がいいって?」

    「だからぁ〜フレジリングスもFUNKISTも俺が叩けばいいんだろ!!曲も全部知ってるし。やるよ」


    う、うそぉー!!


    や、やったぁー

    かくして僕らの無駄な悩みとは裏腹に、住職はFUNKISTにあっさり加入してくれたのでした。

    しかし住職が入ってもなお、FUNKISTが失った物の代償は大きくて、僕らの模索の日々は続きました

    当時を振り返って住職は

    「いやいや、とても断れる空気じゃなかったよ!!死にそうな顔で待ち伏せされてさぁ!!正直ライブも違うバンドみたいに暗かったしね(苦笑)」


    と言っています


    そうなんです。僕らはLIVEに明るさや楽しさを一切盛り込めずにいました。

    それこそMCだって一切しませんでした


    『素直な気持ち、ありのままの自分たちでLIVEをする』


    それが僕らが舞台に上がるとき一番大切にしてきた事で、

    だからこそこんな時は、なにより先に悲壮感がLIVE全面に出てしまう


    必死でLIVEをすればするほど深みにハマっていく

    出口の見えない道を永遠と歩いてるような感覚





    そんなある日の事でした



    LIVEを見に来たうちの母親が


    「もうさ、みんなで南アフリカの空気でも吸ってきなさいよ。今悩んでるような事全部吹っ飛ぶんだから。出世払いね!!」


    と言って4人分の航空券を僕に手渡したのです。


    日本→南アフリカの往復航空券


    みんなで…南アフリカ…


    第二次FUNKISTは、ここから…始めよう!!


    南アフリカ


    僕を何度もよみがえらせてくれた場所

    ふるさとが僕らを呼んでいる気がして…

    アフリカの鼓動が高鳴っていくのを僕は確かに感じたのです

    《ブラッド》
    作詞・作曲/染谷西郷


    ルーツの言葉 刻むリズムアフリカ コザ・ズールの歴史は歌とともに悲しさ

    立ち上がれ アフリカ

    ブラジルサンバのリズム ルーツアフリカ

    カポエラ誕生の場所は歌とともに悲しさ

    叫び声 アフリカ

    涙で溢れかえる海 高らかな笑い声が聞こえる 涙隠し見つめ続けてた月

    さぁ歌い出せ レボリューション

    コシシケレリアフリカ


    静まる広い大地にこの歌を 欠けた太陽が僕の事灼き尽くすまで 君の涙全部を歌に変えたいの

    吹き荒れろ風
    世界に届けメッセージ

    ルーツ アフリカ

    My blood is white&yellow

    ルーツ アフリカ

    My blood is white&yellow

    ルーツ アフリカ

    My blood is white&yellow

    ルーツ アフリカ

    西の故郷目指して…
    | FUNKISTが出来てから | 09:52 | comments(0) | - | - | - |