RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

FUNKISTのつくりかた

染谷西郷 特別企画ブログ
<< FUNKISTが出来てからパート7 | main | FUNKISTが出来てからパート9 >>
FUNKISTが出来てからパート8
0
    あらすじ

    ひしひしと感じる

    「いつまで続くんだこれ?」

    という視線にも目をくれずひたすらに執筆活動を続ける染谷青年!!

    戦え頑張れ染谷さん

    自画自賛だよ染谷マン!!


    《vol.8 成長》

    いざ南アフリカ行きが決まると、一つ大問題が発生しました。

    当時JOTAROはまだ19才で未成年だったのですが、両親から南アフリカ行きを大反対されていたのです。

    それもそのはず。当時世界はサーズ(ウィルス)が大流行

    日本からの海外旅行客が激減している真っ只中だったのです。


    南アフリカ行きが迫る中JOTAROの心は大きく揺れていました

    ここで南アフリカに行かなければFUNKISTが立ち直れないのは肌で感じてる

    でも南アフリカに行けば、「もう二度と家には帰ってくるな」と家族には言われる。


    こればっかりはもう僕にはどうする事も出来なくて、JOTAROに委ねるしかないなぁと感じていました。

    ただ誰が言葉にしたわけでは無いけれど、この南アフリカツアーがFUNKISTの大きなターニングポイントになる事はみんなが確信していて。

    それゆえに
    裏を返せば、JOTAROが南アフリカに行けなければ、もう一緒にバンドをやるのは難しいんじゃないか?

    とも、JOTARO含めみんなが感じていました。

    出発前日の夜

    JOTAROから

    「俺やっぱり行けないかもしれない…」

    と相談されました。

    僕は

    「お前が決めろよ。みんなはお前と行きたいと思ってる。でも無理やりに連れて行く事じゃないから。お前の決断を俺は受け入れるよ」

    というとJOTAROは小さくうなずき帰って行きました。


    僕は宮田に

    「JOTARO…多分明日…来ないな」

    と伝えると宮田も寂しそうにうなずきました


    翌日の早朝。

    待ち合わせ場所に行くと

    そこには小さなリュックとベース一つしょってパスポートを握りしめたJOTAROが立っていました。

    「やっぱり家族は説得出来なかったから。家出同然で出てきたよ。洋服もなんにも持ってないけど…」


    「本当にいいの?」

    と聞くと目を赤くはらせたJOTAROは頷きました。


    やっぱり僕は嬉しかった。JOTAROが悩みに悩んだ末に、自分の意志で、バンドを選んだことを。

    僕の中で改めてこのメンバーとだったらずっと音楽を続けられる!!

    その気持ちが確信に変わっていきました。

    飛行機に乗る直前。JOTAROのお母さんと電話で話しをしました

    「あの子を止めて下さい。彼はまだ未成年なの!!判断なんか出来ないんです!!」

    という叫びにも似た電話でした。

    その言葉には母親の我が子への愛がつまっていて

    すごく苦しくなったけど

    「僕にはなにも出来ません。JOTAROが選んで決めた事なんです。僕はJOTAROの決めた事を尊重しようと思います」

    と伝えました。

    それはJOTAROが来ても来なくても受け入れようと思っていた僕の素直な気持ちでした。


    その内容もJOTAROに伝えた上で飛行機に乗り込む直前

    「今ならまだひきかえせるぜ?」

    と聞くと

    「行くよ!!もう決めたんだ」

    とJOTARO少年。


    そうして僕ら4人を乗せた飛行機は南アフリカに飛んで行ったのです



    南アフリカの日々は案の定毎日が刺激的でした!!

    荒れ狂う海
    広大な空
    オンボロな車
    時に田舎町に響く銃声


    僕らは毎日海に行き、帰ると日が暮れるまで音楽に明け暮れ、夜は順番に料理を作って、4人を我が子のように受け入れてくれた僕のおじいちゃんとおばあちゃんにご馳走しました。

    週末になれば町に出て数十人でパーカッションをセッションしたり、ストリートで繰り広げられるフリースタイルのラップバトルに度肝を抜かれたりしました。

    その空気が、風が、熱が、FUNKISTを確実に一回り大きく成長させました。

    そして今回の旅のメインイベントの日はやってきたのです。

    メンバー全員で乗る

    バナナトレイン


    FUNKISTが出来るまでにも書きましたが、バナナトレインという電車は、バナナ園の間を走り元黒人居住区だった場所を抜けて、またバナナ園に戻るというツアー電車です。

    僕は19才の時に線路沿いに並ぶボロボロの服を着て食べ物をねだる子供達の姿に、人生観を変えられるほどショックを受けました。


    あれから5年
    僕はまたそのツアーに申し込んでいたのです

    しかも今回はメンバー4人で。

    正直4年の月日がどれだけ南アフリカを変えたのか興味がありました。
    もっといえばかすかな希望を持っていました

    僕も4年間微力ながら南アフリカの事を歌い続けてきました

    きっと世界中に同じような思いを持ったミュージシャンが沢山いるはず

    そんな思いが集まれば南アフリカだって変わる!!そう信じていたのです


    だからこそ、この4年で少しは南アフリカも変わっているんじゃないか?

    そんな淡い期待を持っていました



    そして僕らを乗せた電車は走り出す













    最悪の光景…











    もう僕らの中で言葉を発するメンバーはいませんでした…



    線路沿いにならぶ子供達

    その数は4年前の数倍に膨れ上がっていたのです。



    頭がおかしくなりそうになり、ただただ流れ出る涙を止める事も出来ずに唇を強く強く噛み締めました



    食べ物を欲しがる子供達の列は途切れる事なく数時間にわたって続き



    僕らを乗せた電車は再びバナナ園へと逃げるかのように姿を消していきました


    電車を降りても、誰も喋らず。

    みんながひたすらに涙を拭っていて、




    これが地球の裏側の現実


    今まさに起きているリアル


    その衝撃を誰一人受け止めきれずにいたのです。


    翌日。

    練習の一音目から、FUNKISTの音は確実に変わっていました。


    きっと今僕らにしか出来ない事があって

    きっと今の僕らなら出来る事がある

    もっと!もっとだ!!

    その思いが僕らの音を一つに強く繋いでいました

    こうして

    胸が破裂するほどの経験や想いを抱え、僕らの短い南アフリカトリップは幕を閉じました。

    最後の夜。
    ずっと僕らを受け入れてくれてたおじいちゃんもおばあちゃんともお別れ。


    実は僕らが滞在中に2人は全財産を盗み取られていました。

    しかしそんな事一言も言わずに、僕らを迎え続けてくれて。

    僕らがそれを知ったのは帰る直前の日本からの母親の電話ででした。

    僕らに出来る事ってなんだろう?

    って話し合って


    最後の日僕らは日本食を作って2人のためだけにライブをする事にしました

    2人は本当に喜んでくれて


    「あぁ、またおじいちゃんおばあちゃんに会うの、ずっと先になっちゃうなぁ」


    と思っていると


    おじいちゃんが突然言いました

    「西郷!!もう南アフリカに遊びに戻ってこなくていいぞ!!」


    「え、え゛ー!!」


    すると戸惑う僕におじいちゃんは笑顔で続けました

    「次は仕事で帰ってこい!!この仲間と。西郷のバンド楽しみにしてるからね!!」



    「プロミス」


    「プロミス」


    僕はおじいちゃんと堅い握手を交わし


    そして僕らは南アフリカを後にしたのです



    さて…

    日本に着くや、僕たち。

    翌日はな、なんと!!!LIVEが四谷フォーバレーで決まっていたのです。

    バカすぎる〜Σ( ̄□ ̄)!

    スケジュールの組み方がバカ過ぎるよぅ〜Σ( ̄□ ̄)!

    そんなわけで
    感動の別れもつかの間!!

    帰国翌日の朝、
    サポートメンバーだった陽子ちゃんにも来てもらい、僕たちはスタジオに入りました。

    ハァハァ

    思いっきり時差ボケです

    時差以外にもボケボケです…

    しかし、そこにはもう数週間前の迷いのあるFUNKISTの音はありませんでした

    僕たちは新しい一歩をたしかに切り開いていて


    もう大丈夫。

    絶対行ける!!

    込み上げるその思いに呼応するかのように、ライブは大成功!!


    こうしてFUNKISTは再び蘇ったのでした。



    …余談ですが、JOTAROは帰国後真っ直ぐ家に向かいました。

    どれだけ怒られるんだろう?

    やっぱりもう家に入れてもらえないのかなぁ

    そんな事を考えながら玄関を開け

    「ただ…いまぁ〜」


    「おかえり」



    そこにはいつもと変わらない家族が待っていて、食卓にはJOTAROの分のご飯がいつものように用意されていたそうです。

    偉大なり親の愛




    そんな風にして、僕らが失っていた笑顔を再び取り戻した頃…




    運命の歯車は動きだし


    僕らをまた引き寄せあう









    数ヶ月後













    再びあの男がFUNKISTに帰ってくる



    《フレンズ》
    作詞作曲/染谷西郷


    忘れんなこの歌は そう君のため
    たまには独りの夜が怖くても
    忘れんなこの場所で歌い笑った日々を
    みんながお前のそばにいることを


    窓際に座る君越しに映る桜の景色を見た 知っていた みんないた 長い間 過ごしてた日々も涙で滲む 色々あったこの場所も そういつも溢れていた笑い声も どうやら明日から無いみたい 当たり前がもう見つからない未来

    lalalalala エブリバディー シィング トゥギャーザー どれだけ月日が流れても心の真ん中にいるみんなだから lalalalala 離れてもその声はいつも僕を励ましてる

    そうさ今今年になって 蕾は花になりはじめている そうさ今君だけの花咲かせてくれないか?

    そうさ今本気になって 蕾はきっと咲き乱れていく
    そうさ今君だけの花で街をうめてくれないか?

    さぁ今旅立ちの時だ 桜の下僕は一人泣いた 分かれる道 君の背中押したいんだフレンズ フレンズ

    僕らもう言葉はいらない ずっとともに戦ったファイター
    またこの場所に集まろうぜフレンズ フレンズ

    フレンズ フレンズ

    忘れんなこの歌は そう君のため
    たまには独りの夜が怖くても
    忘れんなこの場所で歌い笑った日々を
    みんながお前のそばにいることを
    | FUNKISTが出来てから | 09:53 | comments(1) | - | - | - |
    バッグを受け取って、アルバイトが細かく、部品品質も非常に良い、バッグがとても素敵で、とても好きです!店のサービスもとても良くて、とても丁寧に、速達が力をあげて、それは継続訪れる!
    | ルイヴィトン スーパーコピー | 2015/03/27 4:55 PM |